構造計算書偽造事件に関して思うこと
- 構造の専門以外の方々に向けて -
金箱温春 (金箱構造設計事務所)
2005.11.30

今回の構造計算書偽造事件は、構造設計者として憤りを感じるだけでなく、悲しみを覚える事件です。 私たちは建物の安全性をはじめとした質の確保に真面目に取り組んでおりますが、一握りの倫理観を欠如した人たちの行動により、構造設計者ばかりでなく建築界全体の信頼をも揺るがすような事態を招いています。 今回のような許しがたい事件の再発防止のためには、多くの方に構造設計の現状を認識していただくことが必要と思いこの原稿をまとめました。

1) 構造設計とは
建築は建築主の財産であるとともに社会資本としての役割を持ち、それぞれに相応しい機能や美しさが必要で、さらに安全で耐久性が高いこと、経済的であることなども重要です。 これらの条件を満たす最適な骨組を考えていくことを構造設計といい、重力や地震力などの想定される荷重に対して骨組みに生じる力を求め、それに見合った断面を決める作業を構造計算といいます。 また、構造計算の結果を反映して実際の工事の元になる図面にしたものを構造設計図といいます。 構造計算は構造設計の一部分の作業であり、骨組を計画することや構造計算の結果を見て骨組を決定することなど、計算以外にさまざまな検討や判断が必要となります。 的確な検討や判断は構造設計者の技量、経験、倫理観が必要で、個人差があるものです。

構造計算の基本的な内容は建築基準法に定められており、実際はそれ以外にも各種の技術資料を参考にして行われますが、さまざまな仮定の下で計算が行なわれています。 さまざまな仮定条件も加味し、計算結果に余裕を持たせたり、仮定条件を変えて計算を行って確認したりすることで、総合的に骨組を決めていくことを行ないます。

建築を設計するためには幅広い専門領域の知識と技術が必要であり、現在ではほとんどの建築において、建築設計者とともに構造設計者や設備設計者が協力して設計を進め、それぞれの専門分野をカバーしています。 構造計算や構造設計は、構造設計者が主体となって行なう業務となっています。

 

2) 建築基準法、建築士法における構造計算、構造設計者の位置づけ
建築基準法第 1 条では、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と謳われております。 また同法 20 条ではその手段として政令で定める技術基準を満足させることや、政令で定める構造計算を行うことが義務づけられています。 構造設計を行なうにあたっては、これらの法令に従うことが義務となるわけです。

一方、建築士法第 1 条では「この法律は、建築物の設計、工事監理等を行う技術者の資格を定めて、その業務の適正をはかり、もって建築物の質の向上に寄与させることを目的とする。」とあり、 同法第 3 条では一定規模以上の建物は建築士でなければ設計ができないと定めています。 法的な立場では一つの建築に対しての建築士は 1 名であり、通常は建築設計者となりますのでこの建築士が構造、設備の全てにわたっての法的な設計者となるわけです。

先に述べたように、構造設計の分野が専門化しており構造設計者が存在しているものの、法的には位置づけはありません。 極端な言い方をすると、建築士で無くても、また、構造的な判断力や見識が無い者でも、簡易な操作によるプログラムなどを利用することにより構造計算ができてしまいます。 姉歯氏のように、単にコンピュータにデータを入れて計算だけを行う人が存在できたのもそのためです。 法的には届け出た建築士が設計したことになり、確認申請をパスすることで基準法に従っているものとして認められるわけです。 今回の事件はこのような状況が生んだものと思います。人間の生命や社会資本を守る重要な役割を担っている構造設計者が、建築士法的には何の資格も、ましてや権限も責任も無いことが実状です。 誰が責任を持って構造設計したのかが分かる仕組みとなっていません。

官庁施設の建築の設計を行なう場合には、建築、構造、設備の設計について、それぞれの責任者を明確にした書類を発注者に提出することが多く、ここでは構造設計の責任者は明らかにされています。 確認申請制度ではなぜそうなっていないのでしょうか。

 

3) 認定プログラム(構造計算プログラム)について
構造計算は、荷重の計算、骨組の応力計算、断面の強度計算という三つの内容に分かれています。 かつては、電卓を用いて計算することが行われており、途中の計算過程を手書きでまとめて計算書が作られていました。「手計算」と呼ばれることもあります。 コンピュータの発達により少しずつコンピュータを利用した計算法に移行してきました。 プログラムの利用形態はさまざまであり、荷重の計算や断面の計算は手計算で行い、骨組の応力計算の部分だけをコンピュータのプログラムを使うということも行なわれていますし、全ての計算にプログラムを使用することもあります。 今回の事件で話題となっている「認定プログラム」は、骨組のデータを全て入力すると、荷重計算、応力計算、断面の強度計算までを一括して行うもので、定められた運用方法の守ることを条件として国土交通省で認可されたものです。 このプログラムを使用した場合には途中の計算過程の表示を省略できることができます。 手計算に比べると時間は短縮できますが、途中の過程を意識しなくても計算ができてしまうためブラックボックス化しているとの危惧も指摘されています。

構造計算は必ずしも認定プログラムを使用する必要はなく、応力計算だけを行うプログラムを使用することも行なわれており、実績と信頼のあるプログラムも多く存在します。 当事務所の場合、特殊形状の建物の設計が多いため、認定プログラムではなく、複雑な形状の解析が可能な応力計算のプログラムを使用する場合がほとんどです。 プログラムをどのように使いこなしていくかも構造設計者として重要な業務と考えます。

 

4) 建物の安全性を守るために
今回の事件では、確認審査機関のチェックが不十分であったとの報道がされていますが、前項で述べたような認定プログラム制度に起因することも大きいと思います。 ほとんどの検査員は果たすべき職務を忠実に遂行しており、検査機関の怠慢というよりもシステムの問題です。 建築基準法の技術規定は近年ますます複雑化を増しており、構造計算の内容も複雑となっています。 個々の技術規定をクリアすることは必要ですが、設計はそれらの技術規定だけではできるものではありません。 他の人の構造計算をチェックするとしても細かい数値を全て見ることは現実的ではなく、基本的な考え方や、方針、基本的な諸数値などを確認し、細かい部分は有資格者に任せるような方法が本質的なチェックができるものと考えます。 構造設計者の資格も含めて、審査システムの改革が必要かもしれません。

建物の構造的な品質を確保するためには、検査システムの充実も必要ですが、それだけでは問題は解決しないと考えます。 繰り返しになりますが、最も重要なことは、判断力と倫理観を兼ね備えた信頼できる構造設計者が設計を行なうことです。 信頼できる構造設計者を選ぶことが建物の安全性を守る最も確実な方法といえます。